奉仕活動
バギオ基金
バギオ基金_image
 当基金は、1978年東京城西R.C.の一行がバギオを訪問し、シスター海野の超我の博愛事業に深く感銘し、バギオR.C.を窓口として奨学金50万円を提供したことを嚆矢とし、1981年にはその趣旨に共鳴する多くのロータリー・クラブの賛同を得て「バギオ基金」として正式に発足致し、現在、2,750地区では地区提唱事業として推進しております。  フィリピンはご承知の通り太平洋戦争における国外での最大の激戦地でありました。そのため戦前から移住し、現地で暮らしていた日系人は戦後激しい迫害と報復を受け、北部ルソンの山中に逼塞することを余儀なくされました。  カトリック修道尼シスター・テレジア海野は1972年バギオ市にあるフランシスコ修道院に着任以来これら戦争の棄民ともいうべき日系人の状況に心を痛め、日系人組織(北部ルソン比日友好協会)の再建を図ると共に、衣食にも事欠くなかでも子女の教育に熱心な彼等の志に感動し、独力でささやかな奨学事業を開始いたしました。後に、「比国青少年の育英こそが、当地において戦争で亡くなられた100万の方々の霊を慰める心の慰霊碑です。」と述べられております。  奨学金はバギオR.C.及び北部ルソン比日友好協会を通し直接大学に振り込まれ、その対象は日系比国青少年のみではなく、優秀な一般比青年に及び、支給総額は2,000万円、支給対象者は延べ2,000人を越え、奨学生の内から経済、工学関係をはじめ公務員、医師、軍人と多くの英才を世に送り出しております。

テレジア海野常世女史(略歴)

 1911年、静岡市生まれ。1930年、東京都豊島師範学校卒。大連・撫順で幼稚園長をつとめ、1939年帰国。1942年「マリアの宣教者フランシスコ修道会」に入る。戦後は国内各地のミッション系学校で定年まで教員生活を送ったが、還暦を機に1972年フィリピンの貧しい人々のために余生をささげるべく渡比した。とくに太平洋戦争後迫害を恐れ日系人であることを隠して貧しい棄民状態にある人々を一人ひとり探しだし、その経済、育英事業、農業協同組合結成などに尽力し、1981年、ベンゲット州名誉州民。1984年、勲六等宝冠賞を受賞。1989年12月31日、バギオ、フランシスコ修道院で死去。バギオ日本人墓地の一隅に眠る。その老躯を押しての献身的な活動は、「ルソン島日系混血児の母」と呼ばれた。


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